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何時もの帰り道。俺は、なんとなく話題がほしかった。だからかもしれない。 「ハンター●ハンター休載してばっかだな。なんで作者働かんの?死ぬのか?」 ぽつりと、疑問符が口を突いて出た。さして答えを求めていたわけではないけれど。 「ああ、確かアイツんとこ息子が女体化したとかで今連載どこじゃないらしいよ」 されども、雄二は平然と答える。博識と言えば聞こえはいい、が。 「…へぇ。そりゃ初耳だ。さすが漫画オタク」 そう、雄二はオタクだった。『三次元なんざいらねぇ!』と言って憚らないような、ステレオタイプのオタクだった。 「…失敬な。でもいいよなぁ、女体化。俺も春彦みたく女体化したかったなぁ」 しかも、女体化に肯定的な考えをもった奇特な奴ですらあった。どうしようもなく救えない奴だ。 「……ん?なんでちょっと拗ねてんの?」 「…別に」 しかも、救えない上に何処までも鈍い。俺を差し置いてクラスメイトの名を———しかも、 よりにもよってクラスで真っ先に女体化した春彦を、だ———枚挙するだなんて、最早当てこすりじゃないのか。 春彦なんかよりも、よっぽど身近に女体化した奴はいるってのに。 雄二が気付くのは、いったい何時になることやら。
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「あ…また雨―――」 何処もかしこも地が乾く日が待ち遠しい近頃。 僕は紫陽花を震わす雨粒の一つ一つを数えながら、その意味の無いことに意味を探していた。 とめどなく降り続ける雨は神様の涙、と聞いたことがある。 その慈愛を以て地上に潤いを与えるのだ、と。 「僕なんかで、ホントにいいのかな…」 生まれて此の方保育園の頃からの付き合いだから、疾うに両手では数え切れない年月だ。 どんなに迷惑を掛けても、どんなに酷い喧嘩をしても、僕たちは一緒だった。 お互い日常の一部であり、肉親を除けば誰よりも一緒にいる時間が長い存在だった。 ―――僕が女体化を迎えてからも、それは変わらなかった。 「よ、そろそろ時間だぞ」 「あ、うん…」 それっきり黙りこんだ彼は、何を考えているのだろう。 僕と同じように頭が真っ白になってしまっているのだろうか。 「さて…と。 おらボーっとしてんなよ? やつらに見せ付けてやろうぜ」 こういうやつだったか…ま、それもいいところなんだけどね。 僕たちは呼ばれて、薄暗い廊下を進む。 途中窓から見えた空は青く澄んでいて、でも雨は相変わらず降っていて、『狐と一緒だ』なんて笑いあった。 予定通り、僕たち二人は赤いカーペットの上に立った。 目の前には木製の大きな扉。 震える僕の手を彼は手にとって、笑う。 僕は彼の腕に腕を回して、少しだけ身体を預けた。 扉が、ゆっくりと開いてゆく――― 終わり
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「んっ、朝か・・・」 体に照りつける夏の強い日差しで俺は目覚める。 朝だというのに気温は30度超。おまけに湿気も高い。日本の夏は嫌いだ。 重い瞼を無理矢理こじ開け、べとついているであろう腕をさする。 フサフサっとした感触が手に残る。俺はこんなに毛深かっただろうか。 一般的な人から見たらそれなりだろうが、こんなにフサフサしていただろうか。 疑問に思いながら、自分の腕を見てみる。 「フサフサ・・・ってレベルじゃねーじょ!」 俺の眠気は一気に覚めた。 それは明らかに人間の腕ではなかった。 薄いブラウンと白い毛が混じっており、手のひらには短い爪とピンクのぷにぷにしたもの。 頭を触ると、角ばった耳がついている。 俺は・・・ぬこ化してしまったのだ。 童貞だった男子が女体化してしまうという話は聞いたことがある。 でもぬこ化するという話はひとっこ一つも聞いたことがない。 そしてついでに女体化・・・いや、女猫化してしまったみたいだ。 ぷらぷらとぶら下がるふたつの玉がついていない。 この状況をいまいち信じ切れぬ俺。 頬っぺたをつねってみようとするが、肉球の柔らかい感触が頬に伝わるだけで意味がない。 俺は尻尾を振り振りさせながら今後のことについて冷静に考えた。 こんな状態で両親に「ぬこになりました」って言っても信じてもらえる訳がない。 その前に、言葉が通じないであろう。 「ニャー」とか「ゴロゴロ」とか、どうやって人間が理解しろと。 とりあえず悟った。旅に出ようと。 俺の冒険はここから始まった。それはまた後のお話・・・
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はてさて、どういうことだろうか。今俺の目の前には一人の制服姿の(俺と同じ学校の制服だ)女の子がいるんだけど、彼女の様子がどうもおかしい。 俺からしてみればどう考えても初対面なのだが、彼女は俺を知っている風に話してくるんだ。 まあ、これだけのことなら単に俺が忘れてしまっていたということですみそうなものなのだが、彼女のおかしなところはそんなところにあるんじゃないんだ。 「旦那様、早く用意をしないと学校に遅れてしまいますよ」 これだ、なぜか彼女は俺のことを旦那様なんて呼んで来るんだ。容姿も可愛いものだからこっちとしてはとても戸惑ってしまう。当然、学生の俺にこんな若妻がいるはずがないし、だいたい何で俺の奥さんが朝一に家のインターホンを鳴らすんだよ。 別居中か? そんなわけの分からん関係なら記憶に残らないはずがないだろうよ。 「ほら旦那様。早く用意をなさってください。手伝ってさしあげますから。ほら、こちらへどうぞ」 「まってくれ、本当に覚えがないんだ。君は誰なんだ? 何か理由があってそう呼ぶならちゃんと教えてほしい。時間がかかるようなら学校は休んだっていいから」 「……そうですか、本当に記憶がないんですね。私たちがあんなにも愛し合っていた…………前世の記憶がッッ!!」 なんだ、電波か。 俺としたことがこんなイカレポンチを家ん中にに入れてしまうとは、容姿にやられたかな。 「お願いです。思い出してください。あの楽しかった季節の記憶を、二人過ごした季節を。どうしても思い出せないというのなら私が語りますから、どうか思い出してください」 「残念なことにな、俺はいかれた野郎に対する対応をひとつしか知らないんだ。その可愛い顔を傷つけるのは可哀想だとは思うが……行くぞっっ!」 「えっ?」 「集中っ集中っ集中っっ」 「やっ、ちょっっ、まってくれ」 「右腕の稼動限界解除。両足の加速限界解除。思考の停止。思考回路を眼前敵の完全征圧に設定。正常に完了。……制圧開始」 「ちがっっ俺だ俺っっ。女体化したもんだからからかってやろうと思って変なこと言っただけなんだって。だからやめてくれお願いだから。ていうかお前何もんなんだよおおおおおおおお」 「かああああああああああっっ! わが腕は能力の限界を超えっっ!! 赤く燃え上がるっっ!!」 「うわ、うわ、うわ」 「一撃、撃滅!!」 「ああああ……」 「ファイナル ブリッドオオオオ!!!!!!!」 「うわああああああああああああああああああああああああああああ」」
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「油断せずに行こう」 「どこの手塚だ」 コートに立ち、ラケットをブンブン振り回す。そいつの名は、手塚。なんの因果かテニス部部長だ。 そして俺は大石。これまたなんの因果かテニス部副部長だ。ちなみに触角角刈りではない。念のため。 「さぁ、この俺の、恐竜を絶滅させる威力を持ったサーブを受けてみろ!」 誰のために行っているかわからない解説を進めていると、ネットの向かいからそんな威勢のいい声が届く。 「だからどこの手塚だって言ってんだよ」 内心呆れつつ呟く。余り体格のよくない手塚のサーブは、球威が高くなく、軽々と返球できる。 どこぞのテニスギャグ漫画よろしく、打球がバウンドせずに滑るため返球できないだとか、雷のような軌道を描くだとか、 人が吹っ飛ぶほどの威力を秘め、全治数ヵ月の怪我を負わせるだとかいうことは、もちろんない。 それどころか、うちのテニス部は弱小。県大会どころか地区大会一回戦すら抜けるのは珍しい。 だが、楽しければいいのだ。別に勝つことだけが目的じゃない。俺たちはテニスと言うスポーツを通じて、青春の汗と涙をry …何てやってる間にもラリーは続き、俺にチャンスボールが飛んでくる。そして、それを華麗なスマッシュでもって手塚のコートを射抜いた。 「15-0」 「くそぅ…だが、俺のサーブは108式まであるぞ!」 「だからどこの…いや、それは手塚じゃねぇ。それから108本もサーブ打つつもりか」 そんなこんなで俺たちは空が朱に燃えるまで白球――黄色いけどな――を追った。 茜射す夕暮れの街を、俺たちは歩いていく。キャラにはまるきり合わないが、俺はこういった詩的な表現が好きだ。 …やめろ。恥ずかしい。笑うな。指差すな。触角玉子とか言ってんじゃねぇ。ふざけんな。 「あ、そういや、俺、明日誕生日だ」 俺の隣を歩く手塚が唐突に呟く。 「なんだ?ラーメンでも奢れってか?」 「いや、そうじゃなくて…」 口ごもる手塚。それを、少し前を歩いていた河村が茶化す。 「手塚はアレが気になってんだよな。どんな女の子になるかねー!胸が小さかったら俺が大きくしてやるよ!」 無言で、指をわきわきと動かす河村に蹴りを入れる。河村は変態だ。違ごうことなき変態だ。これでもかと言うほど変態だ。某気は優しくて力持ちな河村と交換して欲しいほどだ。 無論、打球で腕の腱を切られたりするのは御免だが。 ところで、アレ、とはもちろん巷で話題の女体化現象ってやつだ。まぁ、男子高校生足るもの、こうした下世話な話が出るのもままあることだ。俺は苦手だが。 ちなみに、中の人は元は苦手だったが、抑圧されて弾けたタイプらしい。…俺は何を言ってるんだ?中の人ってなんだ? まぁ、そんなことはどうでもいい。崩れてしなを作る河村を視界に入れないように注意しながら、俺たちは歩を進めた。 「で、どーすんだ?今日だけは替え玉まで世話してやらねーこともねーぞ」 「じゃ、俺は杏仁豆腐とマンゴープリンな!」 「キメェ」 しゃしゃり出てきた河村を、それだけ言って蹴り倒す。 「…なして!なしてあたしを蹴ったの?!」 「マスクかよ…せめてテニヌで統一しろ」 そんなやり取りをする俺たちを、浮かない顔で見つめていた手塚が切り出す。 「あー…あのさ」 「どーしたよ?」 「やっぱ…帰るわ」 「そーか。んじゃ、また明日な」 「ん、また…明日」 「も、揉ませろー!!」 奇声を上げた河村に踵を落としながら手塚を見送った。なんとなく、あの紅い夕日が不穏な色に輝いた気がした。 翌朝。玄関先で靴紐を結んでいると、手塚からメールが入った。 「俺んちに来てくれ。頼む。」 簡潔な内容だが、むしろそれが逼迫した事態を告げているような気がした。俺は返信もそこそこに駆け出していった。 少し色素の薄い栗色の毛、整った目鼻立ちに、華奢な体つき。それらが小さくなった身体によく纏まっている。 そのなだらかな胸でさえ、ロリコンではない上に、どちらかと言えば硬派な俺にも欲情させる以外の効果を持たせない。 さらに、苛めてオーラ、襲ってオーラに加え、相反する守ってオーラを併せ持ち、上述の要素も相俟って心が吸い寄せられてしまう。当に『手塚ゾーン』…。 …それが女になった手塚に、俺が初めて持った印象だった。 そんな手塚を前にし、顔の赤くなった俺は勤めて自然に話しかけた。 「手塚…だよな」 わざわざわかっていることを聞く。手塚は一人っ子だからだ。そして、それに無言で頷く手塚。 「なんで…俺を、呼んだ…んだ?」 色々なことに耐えるのが精一杯で、途切れ途切れになってしまう。 「…大石が一番信頼できるから」 玉を転がしたような声に、一瞬ドキッとする。そして、感情の堰が切れたのか、俺の胸に飛び込んでくる。 「俺、もうどうしたらいいかわからないよ…大石、助けて…」 涙目で上目遣い。その最後の攻撃に、俺の意識は『手塚ゾーン』に吸い込まれていった。――なにがあったかは各自の想像に任せる。 その後、手塚はなんと男子テニス部に残った。 そして、そんな手塚の姿を一目見ようと、まずは校内から見学者が殺到。次に、新入部員が殺到。仕舞いには転校生が殺到した。 かなり遠くから来てるヤツもいるらしく、人の噂のスゴさを知った次第だ。 そうして、かなりの大所帯になったうちのテニス部は、かなりの強豪、いや、某テニヌの王子様に負けないトンでも集団になった。 今日もコートには威勢のいい声が響いている。 「俺様の美技に酔いな!」 「燕返し…」 「リズムにry」 「データは揃った」 「ばぁう!!」 「んんーーーっ、エクスタシー」 「ワシの波〇球は108式まであるぞ!」 「だからお前ら何処の…俺の放課後を返せーッ!」 「手塚ゾーン!」 「いや、お前それは洒落にならんからやめろ、マジで」 おしまい
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「――そっか、もう丁度七年にもなるんだな…………」 「……え? 何がですか?」 ふとした呟き程度のそれを迂闊にも拾われて、俺は思わず舌打ちしたくなった。 夜を迎えたオフィスはひっそりと静まり、だからこそ些細な物音一つですら綺麗に浮き立たせる。 ひっきりなしに続く硬質なタイプの音。 啜られた珈琲の立てる僅かな水音。 少し身動ぎした際に立てる椅子の軋み。 冷たいディスプレイの光に照らされたそれらが、今この部屋に存在する総て。 既に今日の業務分を済ませた俺は、性格上最後の一人の部下を放置して帰る訳にもいかず、かと言って更に仕事を増やす気にもなれず、着替えた後ただ呆とソイツの隣りのデスクに腰掛けている。 目の前の暗いディスプレイに映り込むのは自分の姿。 映る姿は、黒のロングスカートにハイネック、萌葱色のカーディガンを羽織り、パンプスを履いた足をプラプラさせて暇そうに佇む女性の姿。 背中で大きな三つ編みにした黒漆のような長い髪がまるでエビのようで僅かに子供っぽくも見えるが、この方が面倒がないのだ。仕方がない。 ……いい加減慣れはしたがやはり慣れなくて、ディスプレイの美女は軽く溜め息をついていた。 粛粛と、ただ過ぎる時間。 この部屋で唯一白く照らし出されているソイツの横顔以外に見えるものなどなくて、 故に見つめ続けてしまうのは仕方の無い事だと自分に言い訳を続ける俺は、傍から見ればさも滑稽な事だろう。 そんな俺の気持ちを察したかのように呟きに答えてこちらに視線を向ける瞳は、光を弾いて不思議そうに揺れていた。 「…………先輩? どうかしましたか?」 「ん、ああいや、少し疲れて呆けてただけだよ。気にしないで続けてくれ」 「それは勿論ですが……でしたら僕の質問に答えて下さいよ。気になるじゃないですか」 そんな事を言いながらムッと眉をしかめる後輩には威圧感など微塵もなくて、思わずククッと忍び笑いが洩れた。――全く、神様とやらも真面目にやる気があるなら俺なんかじゃなく、コイツを女にしてやった方がよっぽど世の為になったろうに。 「あ、笑いましたね。もういいです。喋ってくれるまで続きはやりませんから」 「オイオイ、そうしたらお前だって帰れないんだぞ?」 「死なばもろともです。大体先輩が上司になった時、僕はもう遠慮はしないと決めたんですから」 「何て上司不孝な部下だ。先輩は悲しいぞ?」 「お互いさまです」 「……終わったら話してやるからさっさとやれ」 「了解しました」 心地良い軽口の応酬。ディスプレイの白い光に映える笑みは何の屈託もなくて、まるで子供のようだ。 ……それを当たり前に感じられなくなって来たのははたしていつからだったのだろうと、椅子の背を揺らして思案した。 初めて会ったのは同じ課の同僚として。課題として提出したプロジェクト案が、偶然にも新入社員の若輩者とまるで同じ――とまでは言わないが、酷く似通っていて上司に叱責される羽目になったのを覚えている。 その縁もあって済し崩し的に俺はその新入社員と組んでプロジェクトを進め、結果的にそれが一つ課を新設させてしまう程に成功し、若い女の身ながら見事な出世街道を昇る事と相成った訳である。……最早何のてらいもなく『相棒』と言い切れる程成長した若輩者を伴なって。 ――そう、相棒なのだ。 そこは勘違いしてはいけないのだ、決して。大体こちとら元男である。それが何の気もなく乙女のように恋をするなど、馬鹿げているを通り越して呆れてしまう。アリエナイここに極まれりというものだ。 ――そんな言葉を自分に言い聞かせなければならない程度には、疾うに俺はおかしくなっていた。 そんな益体もない事を考えながらふと光るディスプレイに目を向ける と、並んだ表の一箇所に違和感を感じた。 「おい、そこ間違ってないか?」 「え? ど、何処ですか? えっと、ちょ、ちょっと待って下さい、あー」 ……指摘した途端慌て始めるその姿はやはり新入社員の頃と少しも変わらなくて、少し安心してしまう。 「ほらここだよ、この演算入力。……ったく、少し貸してみろ」 「あ……」 椅子から立上がり、放すのをまたず手の上からマウスを操作して訂正を入力する。ついでに背に軽く当たる胸。……わざとではない。役得なんて事も思っていない。 少し気分がいいのは違和感が消えたからとついでにコイツの赤くなった頬が非常に純朴過ぎて面白かっただけだ。手を触れただけで嬉しくなんかないぞ。 「――これでよし、ほらボサッとしてないでとっとと俺を帰らせてくれ、な」 そうしてしばし堪能した後、俯き加減で顔を赤らめたままの相棒に男らしく二カッと笑いかけた。……あんまり引っ切り無しに女を感じさせるのも流石に可哀想だろう。 これでまたコイツはヤレヤレと溜め息まじりに、元に戻るだろう。僅かに近くて酷く遠い、『職場の相棒』というその場所に。僅かに詰めた距離を、総てなかった事にして。 そうして俺もまた椅子に戻る。隣りのその椅子に。総てなかった事にして。 いつまでも居心地のいいこの距離で過ごしていられると。 ……そうだとばかり、思っていた。 「……先輩は、凄い人ですよ」 椅子に戻ろうとした俺の背に、唐突に声がかかる。 「――? どうした突然、何か悪いものでも――――」 食ったか、と、振り向いて。 ……そこには、こちらを強く睨みつけて、 ――ボロボロと涙を流す、後輩の姿があった。 「――――な――?」 「初めて会った時からそうでした。先輩課に入った新入社員の前で何て言ったか覚えてます? 『まあこんなナリだが俺は男――のつもりだ、まだ自分では。でもま、こんなナリだから女の子も話し掛けるのは簡単だろ。男も美女に気軽に話し掛けられるんだ、役得と思って何でも気軽に聞いてくれ。じゃあこれからよろしくな――』 今でも覚えてます、正直馬鹿かと思いました。元男だと、あんなに堂々とカミングアウトする変人を僕は知りませんでしたから」 ……あまりに動揺していて、言葉が喉から出てこない。何が起こった。俺は何かそんな酷い事をしたのか。 「なのに先輩は、結局皆に嫌われるどころかどんどん馴染んでいて。今この会社に男女問わず、先輩に憧れてる人がどれだけいるか知ってますか? 知らないですよね、先輩はそういう人だと良く判ってます。 ……自惚れですが、誰よりも。そういう人だからみんなに好かれるんでしょうし」 ……何だこれは。夢か。ああそうか、きっと俺は今隣りのデスクで居眠りをしているに違いない。 「仕事が出来て、颯爽としていて、男より男らしくて、でも可愛らしくて。何ですかそれ、何処のギャグですか。まあ少し子供っぽいのが唯一の欠点ですけど、別に欠点でなくそれだって魅力になり得ますし…… ……でもですね、いくら先輩が少し子供っぽいからって僕にだって我慢の限界があるんです。何が丁度七年か? 知ってますよそんなの。皆とは違う。どれだけ見てたと思ってるんですか。どれだけ、僕がアナタだけを、ずっとッ…………!」 だって、これじゃ、まるで―― 「……目を瞑って、右手を、出して下さい、先輩」 ――思考が麻痺していて、身体が反射的に言葉に従う。 「――――あ」 刹那、手を取る暖かい感触。 直後、薬指を通る冷たい感触。 「――どうぞ、目を開けて下さい」 ――開いた視線の先。 「誕生日――女になって七年目、というのは僕にとっては嬉しくても、先輩には嬉しくないかもしれませんが、プレゼントです」 薬指に光る、何の変哲もない銀の指輪。 「今は、右手にしかつけてあげられませんけど」 その向こうに見える、泣き笑いでグチャグチャな、小さな後輩の顔。 「――おめでとうございます。愛しています、先輩」 それは、あまりに清々しく笑いかけていて 「――――今は一人よがりでも、いつか必ず先輩を振り向かせて、その指輪を、叶うなら、きっと、左手に――――「バカ」」 ――皆まで言わせず、涙に濡れた顔を引き寄せて ――初めてのキスの味は、随分と塩辛く感じた。
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オイオイオイオイ、どういうことだよ。 女体化って言ったらさ、こう…な?友人がある日突然美少女になっちゃって、さぁ大変。 主人公の男がアッサリ一目惚れしちゃう一方で、にょたっ娘のほうは男の感情と女の激情の狭間とで葛藤。 でもやっぱり友人の心の中で女として『好き』が勝って、最終的に彼らは一組のラブラブカップルとなり結ばれる――― ってなプロセスを経て然るべきだろ?それがどうだ? 周りに女体化する奴がこれっぽっちもいねぇでやんの。 吃驚するほど誰も女体化しないからね。いい加減誰か女体化してもいいはずなのに。 おかしいよね?俺、何か悪いことしたっけ?してないよなぁ? 赤い羽根募金にも貢献した。拾った財布は交番に届けた。 初詣に行ったときもしっかりお願いしてきたし、学業も疎かにすることなく励んだハズだ。 だのにこの仕打ち。ホントね、神は死んだと言わざるを得ないよ。 「…なんてな。文句言ってどうにかなるもんじゃ、ない…ね」 まるで言い聞かせるかのように、わざとらしく口にしてみる。 いやね、泣き言をこねたところで現状は変わらないんだけどね。わかっちゃいるんだけどね。 あーくそ、何かむしゃくしゃする。こんな時は祐樹をからかいに行くに限る。 祐樹は性格も見た目も上々だし、付き合いも悪くない。何より、からかった時の反応が面白い。 俺に騙されたと悟った瞬間の祐樹の赤面っぷりときたら、もう。おかしくて仕方が無いね。 さぁて、今日はどんなイタズラをかましてやろうかね。ヒヒヒ。 …んでまぁ、俺が押しかけた時に何故か祐樹が胸部にサラシを巻いてたのは、多分ありゃ最近のトレンドなんだろう。 祐樹がいつも以上に赤面してたとか、どことなくウェストのラインが前より細くなってたとか、全部気のせいだ。 別に初詣でお願いしたのが功を奏したとか、そういうのじゃないはずだ。断じて。
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校門を出、我が(と言っていいのかは知らないが)読書部の面々がそろうと 夕暮れにはちと早い空を仰ぎつつ帰路についた。 「意外と早く学校出ちまったな・・・・」 「ゲーセンでも寄って帰りますか?九条の姉さんのいる・・・」 「俺今日はパス。父さん早上がりだから夕飯が早いんにゃ。」 「そですか。」 家族そろっての夕飯は楽しい・・・・のかどうかよくわからないが、 ともかくいつも帰りの遅い父さんがいるってのはいいことに違いない、きっと。 「ん、なんだろ。」 「神社だな・・・そうか、お祭りだ。」 「寄ってく?」 「にゃ~どうしよ?」 「フーッ!フーッ!」 「はいはいこま犬こま犬。」 「イヌ科即刻殲滅すべし!」 「部長、石に爪立てなくても・・・・」 「ちっ、次にあったら・・・・」 「先輩・・・この間イヌから必死に逃げてたじゃないですか・・・・・」 「いま何つった?今。」 「すみません、すみません、すみません、すみません、痛い、痛いです!」 「おk。」 木陰から戻ると高宮が心配そうな目を向けて来たがまあどうでもいいか。 「え・・えっと・・・何かつっつきましょうか?」 「ん・・だにゃ。」 「縁日・・・お祭り・・・なんだろうな?」 さて、玩具を買っても仕方がないしフランクフルト・・・は夕飯に差し支える、金魚すくい・・・ 「・・・・・・・」 「爪を仕舞って、行きますよ。」 「俺のさかにゃぁぁぁぁぁぁ・・・・さかにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「部長。」 頭1~2つ分背の高い高宮が俺の肩に手を乗せ睨み付ける。 「少しは・・・ね?」 。香川、吉塚、同意した感じでこっちを見るなよ。 「ちぇ・・・。じゃあ後は・・・クレープだろ。」 無難、かつ本命を提案する。屋台で甘い物つったらこれだろ。 「いいですね。」 「なんでこういうのってそそられるのかね?」 「屋台じゃないとやってないからじゃにゃい?」 「ん~それは、この辺が田舎だからじゃないでしょうか?」 「そかー・・・でも美味いからいいや。」 もぐもぐ・・・・ もぐもぐ・・・・ 「黙って食うのもあれですね。」 「あれだにゃ。」 「華がねーな。」 もぐもぐ・・・・・・・ 「ねえねえ?俺達隣町の高校の・・・・」 む、野郎か。背後にはこちらになにやら熱い視線を向ける他数名。 「「「「・・・・・」」」」 平たく言うと『あ゙?』な表情を向ける。 「・・・・;じゃ、じゃね~」 巻き戻し再生よろしく元の軍団に帰っていく。 まあ元男としてそういう趣味はないのであれだが、一抹の空虚感が残るのも本音だったり、少なくとも俺は。 「華がねーな。」 吉塚が復唱した。 「さて、どうしようかにゃ・・・・」 ぱひゅん! 「射的か。」 「射的ですね。」 「ふむ。」 銃か。 「さすが部長、速いw」 声は背後から聞こえた、眼前にはずらりと並んだターゲット。 手中には九九式短小銃をモチーフとしたとおぼしき6mmプラスティック弾ライフル。 「おっちゃん、弾200発。」 「えっ!」 「嘘にゃ、10発。」 「部長、弾幕で薙ぎ払おうとしたでしょ?」 「そんにゃつもりは全然にゃいよ?」 「その銃、腰だめに撃つもんじゃないでしょう。」 む・・・・かくなる上は・・・ 「とりゃ!」 「鬼気迫る表情で跳ぶなww」 「撃て、ちゃんと撃て。」 ちっ。 トントン 簡易アスファルトの路面を通学靴で叩きリズムを取り。 「しゃーねーな。」 台にもたれて敵の出方を(ry 「その構えじゃバウンド弾で殺されるんじゃないか?九条的には。」 やっぱり普通にやるか。 弾を込める、最近はBB弾使うのもあるんだね。 右手側に備えられたレバーをスライドさせ装填完了、狙撃体制に入る。 「むにゃ・・・」 やっぱり胸がつかえるか。 「みゃぁぁぁぁぁぁ、ふん。」 適当に押さえ込む、これでいか。 目標は・・・何にしよう、う~んぶっちゃけ大した物ないよなぁ・・・結局の所射的の景品。 ぬいぐるみとか変なプラモとかこれ許可取ってるのか?的なキャラクターグッズとか、そんなもん。 「佐々木、なんかリクエスト有る?」 照星を揺らしながら聞いてみる。 「えっと・・・」 ごもりやがる、適当に小さめの狙うか。 「九条、腰使いがエロイ。」 「ん、にゃぁぁ・・・」 いつもの襲撃姿勢、頭を下げて足を伸ばして。エロイのか? 「んー。無いな。」 吉塚が隣で伏せ、俺と同じ構えを取る。なるほど、だが腰は上がっていない。 「足伸ばしすぎ?」 「ん~、このくらい角度にゃいと落ち着かない。」 「ほら佐々木、先輩がケツ振って誘ってるぞ。」 「うぜぇwwwww」 「そ、いや、あの・・・」 もうどうでもいいので精神を集中する。 照星を揺らし的から的へ。 景品の近くに樹脂製の的が置いてあり、それを落とせばいいようだ。 一番小さいのは・・・エクスデントか。 ゆらゆらと揺れる照星、人間だもの、ぶれるのはしょうがない。しかし狙いを収束させることはできる。 目標、照星、照門、三つが一直線になった瞬間を狙い。 引き金を絞る。 ぱひゅん! 「ざっくざっく。」 銃を杖のようにして構え、景品の並べ替えをするおっちゃんを視界の端に獲得景品の山を見上げる。 撃つのが目的、とりあえず景品は・・・・ 「かもんぼーい。これやるよ。」 手元にはプラモデルが何点か、SDガンダムはちとなぁ。 「ありがとー」 「立派なタンクバスターににゃれよ~」 「・・・・?うん。」 ならないだろうな。 そしてぬいぐるみの類が残る。 くまとかうさぎとか、んな少女趣味は・・・・・ふかふか。 「このネズミとクマは俺のにゃ。」 手早く鞄に詰め込み確保、これは寝込みに囓るのによさそうだ。 残りを適当に捌くと鞄を背負い直し時間を確認。 まだ日はあるがそろそろ撤退するか。 「そおそろ・・・・を?」 振り向くと佐々木が何やら銃を持っていじくっている。 と言っても動くのは装填用のレバーぐらいな物なので眺めてるのと大差はないが・・・・・ 「・・・やりたいのか?」 「え・・ぅ・・・」 こくん。 なるほど。 「よし、俺が奢ってやろう。おっちゃん、弾。」 ぱひゅん! スカッ! 白い弾は見事に的を反れ背後の防弾幕を揺らす。 かすりもしない、へなちょこ弾。 射手は無論佐々木である。 台に身体を乗せたいんだか乗せたくないんだかわからない妙なかまえ。弾を装填するたび変わる手の位置。 これじゃあな、仕方ない。 「ふぅ・・・」 佐々木が慣れない手つきで次弾を装填する。ラスト一発か。 「ったく。動くな。」 佐々木の足より台に近く立ち、同じく身体を曲げ。 「ひゃ!」 奴の背中に上半身を預けるように身体を重ねる。 佐々木はまだ中2で、しかも野郎とはいえ小さい方。完全に奴を覆う形になる。 口を耳元に寄せ声が良く聞こえるように。まずは彼を落ち着かせることが第一だと思いました。 これで少しは落ち着くだろ。 「いいか、的の方を向け。身体も、気持ちも。」 耳元でささやくように言い聞かせてみる。 トクン・・・・・・・・トクン・・・・・・・・ 佐々木を押さえつけた胸からは奴の鼓動が伝わる、なんとなくだけど。 「はひ。」 そっと腕を伸ばしグリップを握る右手、銃身を握る左手にそれぞれ俺の手を添え銃の安定を促す。 トクン・・・・・トクン・・・・・・・ 手が触れるだけで鼓動が高まるのがわかった、やっぱりなんとなくだけど。 「そんにゃびびらにゃくても・・・」 「いや・・そうじゃ・・・」 狙いを付けるのは佐々木だがサポート程度にはなるだろう。 「いいか、動かすの楽だからって緩く持つにゃ。がっつり持てがっつり。でも緊張はするにゃ。」 「は・・・い・・・・」 「狙いを付けるのは引き金を絞るまでじゃない、弾が発射されて的に当たるまでだ。注意しろ。」 「・・・・・」 「・・・・・・」 トクン・・・トクン・・・・ (いいぞ・・・) 正に触れ合おうかという距離の佐々木の顔。 照門に寄らせ、視線が徐々に目標へと収束していくのがよくわかる。なかなかいい顔してるじゃねーか。 トクン・・トクン・・・・ 無論近いとはいえ狙いを付けているのは佐々木自身。何処を狙っているのかなんぞ見えるわけはない。 しかし顔付きと鼓動で大体わかる。物を射るというのはそういうことだ。 多分。違うかな?そうだといいな。違ったらどうしよう?まぁいいか。 グッ 右手が強ばる。 鼓動と狙いを付ける腕、身体、そして銃がシンクロする。 (・・・・・撃て) ぱひゅん! 「あーあ。」 弾は的ギリギリを掠め、またも背後の幕を揺らした。 「残念だったにゃ。」 失意、その心境を正に体言したような佐々木に声を掛ける。 腕に添えた手からはぐにゃぐにゃになっているのがよくわかり色々とアレだが、こうしていても始まらない。 「負の薫りがするぞ、負の。やめれ。」 立ち上がり背中でも叩いてやろうと思い脚に力を入れた・・・・ら。 足が・・・・滑った! 「にゃおっつ!」 「ふぎゃ!」 ナイスクッション、佐々木。 だが、 「くっそ簡易アスファルトめがぁ。」 軽く頭打ったじゃないか。呪うべきはぼろぼろのアスファルトかそれを施工した業者か施工を依頼した神社か。 「・・・・・・・」 「ん?にゃ?佐々木生きてるか~?」 ぶっ潰してしまったようだ。 確かに胸元に人の頭を机に叩き付けた後のような感触が残る? 死んだかな? ドゥベァァァァァァァァァァァァ 「おぉ!佐々木、吐血ビームか!やるな、マスクネルも一撃!」 佐々木の顔(?)から吹き出した血はぎりぎり的に到達し、それをはたき落とした。 「OK?」 明らかにしょうがねえな顔の屋台のおっちゃん。 「OK。」 「やったな、ささ・・・あれ?」 その後、踊君は大量のほうれん草を持って佐々木家に謝りに行きましたとさ。
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水泳の授業は一番楽しみだ。 何故かって?やっぱり男女一緒でプールに入るということ。 女子側からしてみたら、男子と一緒に入るなんて気持悪いとしか思ってないはず。 小学生くらいの頃だったら、別に男子女子意識せずに入っていただろうが、今はもう高校生だ。 「今日は女の子の日なんでプール入りませーん」って言う女子が多々いる。 実際はそんな日ではないのだろうが、自分の水着姿を見られたくないという思いがあるのだろう。 クラスの半分以上の女子は、体育館でバスケやらバレーやらに興じている。プールに入っている女子は、両手で足りるほど。 男子からしてみたら少しため息をついてしまう人数だ。 25Mプールを男女半々で使う。 男子は水球に興じ、女子はただはしゃいでるだけ。 「よしヒデ、パス!」 俺のほうにパスが来る。だがボールを放った相手は野球部の強肩のヤツ。 あまり運動が得意でない俺にとって、そんな速い球を捕るのは至難の技だった。 もちろん、そのボールを捕れるはずもなく、転々と女子のいるほうに転がっていった。 皆、俺が捕ってこいと大合唱。仕方なく泳いで向こう側まで行く。 「ったく、ヒデは本当に下手糞なんだな。」 「うるせぃ。」 ボールを拾ってくれた女性が一言、俺にお節介な言葉を残してくれた。 妙にぴっちりとしたスクール水着が、俺の股間を熱くさせる。 でもそんな彼女も、元は男だ。変な想像をしていた俺は、思いっきり自分の顔に水をかける。 「お、勃起でもしたのか?」 「お、お、やめろっ・・・!!」 足で俺の股間を弄る。彼女からしてみたら、友人同士でじゃれ合ってるとしか考えていないのだろうが、傍目から見るとそうは思えない。 次第に俺の理性は失われていき、愚息も爆発寸前。学校のプールで、しかも元男のヤツに足コキで逝かされるなんて、一生の笑われ者だ。 しかし快感という三大性欲に勝るものなし。 その後、プールに白い液体が浮いていたということは言うまでもない・・・。
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その日、とある私立高校の文化祭で、真樹という少女の身にちょっとした事件が起きた。 彼女が“女”になった際のトラウマを、実に一年ぶりに抉り出されたのだ。 それは、彼女の人嫌いという性質をさらに強める結果となった。 ……のだが。 「なーんで、俺はまたココに来てるんだ…?」 翌日、真樹は再びその高校の前に来ていた。 「―――そういや昨日、武井が『まだ模擬店は倍以上ある』とか言ってたしな」 そうか、それでか。などと自分を納得させている。ちなみに武井というのは彼女を文化祭へ誘った張本人であり、また彼女を昨日の事件から救った人物でもある。 「俺の中学校には文化祭なんて無かったしな」 さっきから独り言をぶつぶつ言っている。傍から見るとかなりの危険人物だ。 校門を一歩でもくぐれば、そこはもう若者たちの熱気うずまく文化祭会場だ。 ごった返すお客と、ジュージューと何かが香ばしく焼ける音。それにつれて四方からおいしそうな匂いが立ちこめ、耳からは呼び込みの怒声が入ってくる。 五感全てを満足させないと済まないような気迫が、そこら中に満ち満ちている。 「う…うわあ」 真樹は思わず腰が引けてしまう。 しかし混雑した校庭では、立ち止まった人など障害物である。 「うわっ、と!」 通り過ぎていく人たちが、どん! と肩で真樹を押しのけては去っていく。 「昨日よりひどくなってないか…?」 口に出してから気づく。 ―――そうか、昨日と人の割合が変わっているんじゃない。俺が独りだからだ。 「あいつが……いないから」 鼻の奥がツンとする。 その理由を考えたくなくて、真樹は入り口でもらったパンフレットを読むことに集中しようとする。 「そうだよ。また武井に案内させりゃあいいんだよ。あいつを捜して……」 パラパラとページをめくる。だが、急にその手が止まった。 「武井のクラスって……?」 高校なら知っている。学年だって知っている。けれど、クラスを知らない。 ―――急に、自分のやっている事がバカらしくなる。 武井の事について、実は何にも知らない自分がバカらしくなる。 知ろうとすらしなかった事がバカらしくなる。 無駄。 徒労。 空回り。 「あーあ……」 やっぱり“こんな所”、俺のいるべき場所じゃなかったんだ。 ……帰ろうかな。 すると、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。 彼女が今、一番聞きたかった声。 「一年三組ぃー! チュロス売ってまーす!」 とても騒がしい場所のはずなのに、なぜその声が鮮明に聞こえてきたのかは分からない。 だが気づくと、真樹は声のする方に歩いていた。 「武井…」 あの野郎、俺を困らせやがって。この償いはきっちりさせてやるからな。 もはや支離滅裂である。なぜ自分が怒っているのか、真樹自身にも分かってはいない。 その感情は、彼女が文化祭に来た理由と根っこは同じである。つまり、 ――はやく武井に会いたい、と。 「チュロスとジュース売ってまーすっ!」 (もう少しだ…) 声はほとんど間近まで迫っていた。 しかし、急に声がしなくなる。 「……?」 武井の声が途絶える少し前、真樹は武井のすぐそばに誰か女の子の声を聞いた気がした。 嫌な予感がした。 (どこ行ったんだ…?) 前に進もうとする。 けれど人ごみは険しく、人それ自体が苦手な真樹は立ち往生してしまう。 「くそっ」 意を決して人の波を掻き分ける。 全身に鳥肌が立つが、そのことを意識の外にやった。 ただ、前に。 人気のほとんど無い校舎の隅の隅。 そこに武井はいた。扇情的に胸元の開いた服を着た少女と、二人きりで。 何かを語り合っている。笑いあっている。 それを見た時真樹は、なんとも見当外れのことを考えていた。 (そうか……。俺以外とだって、武井は会話するんだよな……) 考えてみれば当たり前のことだ。 ただ、真樹は自分以外と喋っている武井を見るのは初めてだった。他の誰かに笑いかける武井を見るのも初めてだった。近くにいるのに、自分の事に気づかない武井なんか、初めてだった。 一歩、二歩、真樹は後ろに下がる。 (邪魔しちゃ、ダメだ……) その考えだけで動いていた。 悲しいだとか寂しいだとか、楽しい悔しい嬉しいむかつく。どんな感情もなかった。邪魔してはいけない、それだけの思いで動いていた。 すると、二人がこちらにやってくるのが見えた。 (見つかる……!) それはいけない。 邪魔しては、いけない。 しかし、目が合ってしまう。 「っ!」 逃げなければ。 「おいっ! 真樹っ」 武井が後ろから追ってきている。 早く逃げなければ。 ほんの二、三分前までは一秒でも早く見たかった顔なのに、今はその顔を見たくない。そして見られたくない。 「ちょっと、大丈夫!?」 誰かが横から声を掛けてきた。 「こっちよ!」 真樹が走っているのを誰かから逃げていると思い(実際そうなのだが)、匿おうとする少女たちだった。 普段ならそんな気遣いは煩わしく思うだけの真樹だったが、今はありがたい。少女たちの指図どおりにわき道に逸れ、手ごろな教室に飛び込んだ。 それに続いて3人の少女が教室に走りこみ、すばやく扉を閉める。 数秒遅れて足音が近づき、 「真樹!? おい、どこ行った!」 武井の声が大きくなる。 息を殺して潜んでいると、次第に足音と声は遠ざかっていった。 「……ふーう」 少女の一人が息をつくと、他の二人もそれにならう。真樹もやっと呼吸ができた。 「今の、武井くんだったよね?」 「うん。武井くんが怒鳴ってる所なんて初めて見たよー」 「あんな人だったとはねー」 口々に喋りはじめる少女たち。 「あ、ちが……」 真樹は武井の弁護をしようとするが、上手い言葉が出てこない。 「悪いのは……俺で…」 言葉を探す。 「あいつの……邪魔しちゃって…。俺はいつも自分のことしか考えてなくて……迷惑ばっかかけてて……だから……」 「………」 少女たちは何も言わない。 ただ、ゆっくりとした動作で教室の鍵を閉めた。 「え…?」 「…………なあんだ、自分が迷惑かけてるって自覚してたんだ?」 カーテンを閉めながら、三人の内の一人が言う。 「でもねえ、分かってんなら謝らなきゃ」 もう一人がそう言うと、他の二人も「そうそう」と同意する。 「な、何言って……」 「あんたが昨日、よりにもよってPTAの前で大騒ぎしたせいでスッゴク迷惑した人がいる、って言ってんの」 真樹の脳裏に一人の人物が浮かび上がる。 「それって、村松とか言う……」 「呼び捨てにしてんじゃねーわよ」 後ろにいた女の子が真樹を蹴っ飛ばしてきた。急な出来事に反応できず、そのまま倒れこむ。 「タツヒコくん、あのあと校長室にまで呼び出されたのよ?」 顔をあげて、真樹はぎょっとする。 さっきまでは親切そうな顔をしていた三人だったが、今では見る影も無く冷酷に真樹を見下ろしている。 「私たち、タツヒコくんのために何とか仕返ししてやろーと思ってたんだけどお」 「ほら、アンタこの学校の生徒じゃないじゃん? どーやって見つけ出そうかとか本気で考えてたのよね」 「そしたら自分からまた来てくれるなんて、アタシたちってラッキーよねえ?」 「ほんとほんと」 「しかもちょっと演技したら簡単に騙されちゃって!」 きゃはははと笑いあう。 そこで真樹は完全に理解した。この少女たちの行動理由と、今やろうとしていることを。 (こいつら……っ!) カッとなって立ち上がろうとするが、 「なに立とうとしてんのよ」 足を引っ掛けられ、派手な音を立てて顔面から床に叩きつけられる。 「っつ!」 「私たちが『いい』って言うまで何もしちゃダーメ」 「あ、鼻血出してる。写メっとこ」 カシャリ、と軽快な音と共にフラッシュが焚かれる。 「騒がれる前に服脱がしとこーよ? 逃げられてもヤだし」 「賛成ぇー。裸撮っとけば後で何度も使えるしねー」 真樹の背筋に冷たいものが走り抜ける。 慌てて逃げ出そうとするが、それよりも早く少女二人が真樹の両脇を固める。 「てめえら……っ」 「あー、だめだめ! 今あんたが大声出して助けを呼んだら、そりゃ助かるかもしれないけど、その代わり誰が罪被ると思ってんのぉ?」 「……は?」 真樹には、この少女の言った意味が理解できない。 「あんた、さっきまで大勢の目の前で誰から逃げてきたと思ってんの?」 「……!」 「アタシたち全員『武井くんがこの子を襲ってましたあ~』って言っちゃうかもよ?」 「やってみろ! 俺が証言してやる! アイツじゃねえって!」 「『この子は武井くんに、そう言えって脅されてるんです~』」 猫なで声で、さきほどとは別の少女が言う。 「分かったでしょ? 王子さまを助けに呼んだら、王子様が犯人になっちゃうの」 昨日、武井が真樹を抱きかかえて学校を去っていったことを、彼女たちは知っているようだ。 真樹の体から、力が一瞬で抜けていった。 「やめろ……」 「えー? やめて欲しいの~?」 「どうしよっかなー? 何したらやめてあげよっかー?」 「んじゃあ、自分で服脱ぐってのは?」 「さんせー!」 「自分で脱いだんなら、それは私たちが脱がせたワケじゃないもんねえ」 「あ、私ムービー撮れるよ? 証拠にしよっか」 きゃいきゃいと、まるで「どの服が似合うか」とでもいうように、少女たちは全く普通の調子で話し合う。 (迷惑は……かけられない……) 真樹はもう、それ以外考えないことにした。 「きゃあーっ。マキちゃんってダイターン!」 三人の少女が一斉に声を合わせる。 「ふつーそこまでしないよぉ? マキちゃんって“インラン”なんじゃない?」 きゃーっ、と叫ぶまねをする。 カーテンが閉め切られ薄暗い教室の中、三人の前で真樹は下着一枚になっていた。 「もう……いいだろ?」 最初からずっとその映像を撮っている少女に、真樹は問いかける。 「何言ってんの。あと一枚残ってるじゃん」 「……そんなっ」 「ほらほら反抗しなーい! 武井くんの所為にされたいのー?」 ばんばんと机を叩く。 「だめだ!」 「じゃあさっさと脱ぎなさいよ」 はーやーく!はーやーく!と少女たちは捲くし立てる。 今自分がやらなければ………。 しかし身がすくんでしまい、どうしても手が動かない。 そして、真樹は願ってしまう。 絶対に助けを呼ぶまいと誓った人の名を、口にしてしまう。 「武井……!」 ピロリロリン! 急に気の抜けた音が、少女たちのケータイから鳴り響く。 「え?」 それに気をとられた瞬間。 ガン! バキッ! 扉が蹴破られる。 「―――真樹っ!!」 扉の向こうには…… 「武井……? おまえ……」 真樹が何か言いかけるよりも先に、三人組が素っ頓狂な声をあげる。 「ええっ!?」 真樹には分からないが、三人全員に村松からメール送られてきたのだった。内容は「マキには手を出すな」の一行のみ。三人は混乱するしかなかった。 「はやく何か着ろ」 そんな三人を尻目に、武井は床に散らばった服を真樹に渡す。 「なんで、どうして……?」 ワケが分からないのは真樹も一緒である。 「鼻血も出てんじゃねーか、くそっ」 ハンカチを取り出し、ぐしぐしと力任せに真樹の顔を拭く。 「ど……やって」 「委員長に手伝ってもらった」 村松に三人を止めるようメールを(半ば強制的に)送らせてから、永田は長い長いため息をついた。 彼女は走り去った武井を追い、そして急にカーテンが閉められた教室を見つけたのだった。そして中で交わされた会話を盗み聞き、単純に突っ込むだけではダメだと悟り村松を捜したのである。 「私ってばどこまで人がイイんだか……」 壁に背中を預け自嘲する。 「あーあ」 そのままズルズルと壁を伝い床に腰をおろす。 「………真樹さん、どうせなら、羨む気持ちもなくなるくらいに、幸せになってくださいね?」 たとえそれが、この心にどれだけヒビを作っても。 「っつーわけで、こっちにゃ生徒会の副会長もついてるんだけど? どーする? このままどっかに消えるんなら何もなかった事にしてやるよ?」 あくまで三人には顔を見せず、背中を向けたまま武井は語りかける。 「まだこれ以上何かするっつんなら……」 武井は握ったこぶしを振り上げ、近くの机に思いっきり振り下ろす。 派手な音を立てて、机の天板がへこむ。 「ひっ」 短くなにか叫ぶと、三人は一目散に逃げていった。 後には、真樹と武井のふたりだけになった。 「……真樹」 武井は、どこまでも真っ直ぐに見つめてきた。 「武井」 このまま武井の胸に倒れこみたかった。でも、 (武井には……あの子が) たとえ元男とはいえ、女の自分がそんな事をしたら、迷惑だ。 だから、 「あのさ、俺……」 「好きだ」 真っ直ぐな視線で。 「今までずっと黙ってた。俺、お前の事が好きだ」 真樹はぽかんとしてしまう。 「は、はあ?」 「好きだ」 もう一度。 「な、な、何で今言うんだよ!?」 「俺、ホントは今、謝ろうとしてた。昨日も、今日も、こんな目に合わせて。だけど、謝るとまたお前が嫌がると思って」 「そ、そんだけの理由で告白したのか……!?」 「うん。変か?」 どこまでも真剣な表情で。 「ば、バカじゃねえか! おかしいよ! 絶対におかしい!」 急に、武井の輪郭がぼやける。 「!?」 泣いていた。 昨日も、今日も、どんな物を見ても、どんな目にあっても、一度も流さなかったのに。真樹の目からは止め処も無く涙が溢れていた。 「ばーか」 「うん。そうかも」 「告白ってのは、もっと、違うところでやるだろっ」 「うん」 「何で今やるんだよ」 「ごめん」 「お前が好きな子、他にいるんじゃないのかよ」 「いない」 「っとに、バカなんじゃねえか……?」 「うん」 「何で俺なんだよ……」 「どうしても」 「俺は元々男なんだぞ……?」 「うん」 「俺なんかで……いいのかよ……」 「うん」 「ばぁか………」 「うん」 武井の胸に飛び込んでいた。 あたたかかった。 武井は文化祭の後片付けがあるので、真樹は先に帰した。 武井は心なしかウキウキとしている様に見える。隣では永田が少しさびしそうに、けれど少し嬉しそうに、笑っていた。 そんな武井の肩を、ちょんちょんと叩く者がいた。 振り返ると、私服姿の少女だった。制服でないのなら、この学校の生徒ではない。 「あ、すみません。一般のお客様は5時まででお帰りになってもらってるんです」 武井が決まり文句を言うと、なんとその少女はがばと武井に抱きついてきた。 周りの生徒がどよめく。 武井も動きを止める。 「久しぶりっ、一巳くん!」 武井を思いっきり抱きしめた後、少女はにっこりと笑ってそう言った。 とても魅力的な笑顔だった。 「感動の再会、ってヤツだね」 しかしその笑顔は、どこか嘘臭く、とても虚ろで―――